枚方は東海道57次の56番目の宿場町。太閤さまも紀州侯もゾウも通った街道の面影残す町並みをボランティアガイドさんと歩いてみましょう。
枚方宿は東海道の宿場として、また淀川三十石船の中継地として栄えました。
◆「57次って?」
豊臣秀吉が大坂と伏見の間に築かせ、街道とした文禄堤に、徳川幕府が東海道53次の延長として伏見、淀、枚方、守口の4宿を整備しました。枚方宿は御三家紀州侯が参勤交代の時に泊った宿場で、将軍吉宗がベトナムから取り寄せたゾウもこの街道を歩いたそうです。−♪ヤレサ〜ここはどこじゃとな〜 船頭衆に問えば〜ここは枚方、鍵屋浦〜♪−
◆鍵屋
枚方宿を代表する町屋。主屋を解体修理して江戸時代の姿に復元し、資料館として枚方宿は淀川舟運の歴史を紹介しています。「鍵屋」は淀川を上下する客船三十石船の船待ちの宿として栄えました。その船客相手に乱暴な言葉(くらわんか!)で飲食物を商う煮売茶船は「くらわんか舟」といって淀川の名物でした。
◆見おさめ"ひらパー"の菊人形
ひらかたパークは明治45年に「菊人形」の開催地として生まれました。菊師高齢化等の問題でこの菊人形も最後になります。毎年大河ドラマをテーマに続いていましたが、今年は義経がその終演を飾ります。ご希望の方は自弁(1,600円)でご観賞下さい。ご案内の頃は街道沿いの家々に菊花が香りたつことでしょう。そこに掛けてある短冊の短歌や俳句もお楽しみ下さい。 |